棚に上げた失敗


フランスはパリのリヨン駅


ここからTGV(新幹線より速い列車)に乗ってニーム(Nimes)へ

この列車には1等席と2等席があり、1等席の二階席の切符を買った。
ゆったりとした席で2人掛けなので、夫婦で気兼ねなく座れた。
ちなみに、日本の新幹線のように椅子の向きを変えられない。
向きは固定されていて、席によっては進行方向と反対向きに座らねばならない。
車両毎に半分は進行向き半分は反対向き一部は向かい合わせになっている。

パリのリヨン駅から3時間で(正確には2時間50分)南フランスのニームへ着いた。


我々が乗った1等席の二階席

自分達が乗った二階席の写真を外から撮ろうとカメラを首にかけて降りた。
夫は迎えに来てくれているフランス人の知人を探して先へ歩いて行った。
写真を撮り終わってカメラは首にかけたままで夫に追いついた。
立ち止まってカメラをしまおうとリュックの口を開けた。
首にかけていたカメラを首から外した。

そこで突然思い出した。
「パソコンを持ってない!!」
と言うが早いか私は駆け出していた。
夫はリュックを背負いスーツケースを引っ張り、
私はリュックを背負いパソコンを持つ役割だった。
口の開いたリュックを左手に首から外したカメラを右手に持って、
それらを夫に預ける余裕もなく、一目散に走った走った。

さっき降りた乗降口から列車に飛び乗った。
二階席へと階段を上がった。
自分達が座っていた席めがけて走った。
が、が、どうも様子が違う。
椅子の色とデザインが違う!
それに座っている人々は3人掛けしている!
ここは2等席だ!
悲しいかな、方向音痴の私はこんな非常時にも反対方向へ走っていたのだ。

棚の上に残っていたパソコンを見つけて急いで手にとった。
リヨン駅では発車のアナウンスもベルも鳴らず静かに発車したので、
ニーム駅の発車時刻を知らず、いつ発車するか分からないのであせった。
列車が発車しないよう夫が止めていてくれるようにと祈りながら走った。
乗降口まで戻ったら、運転手や駅員が安全を確認するだろうからと、
夫が片足をデッキにかけて待っていてくれた。

降りてからゆっくりと写真を撮り、方向を間違えて戻ったりしても
発車までにまだ何とか間に合ったのには訳があります。
このTGVは日本の新幹線より停車時間が長いのです。
新幹線だったらとても間に合ってはいなかったでしょう。

もう少し気が付くのが遅く列車が発車していたらどうなっていたか?
パリからニームまで3時間で途中停まった駅は1駅だけ。
片足をデッキにかけていた夫はドアが閉まると反射的に足を引っ込めるだろう。
列車に取り残された私は独りで次の駅まで行かなければならない。
次の駅から引き返してくるといっても、これが大変だ。
次の駅からの切符を持っていないのでどの列車がニームへ行くのか分からない。
フランス人はプライドが高く英語をしゃべってくれない人が多い。
フランス語の分からない私が引き返してくるのは至難の業だ。

リヨン駅では乗る列車がどのホームから出るか案内が出るようになっていた。
リヨン駅に行った時には少し早くてまだ出ていなかった。
直前まで表示が出ないこともあるとガイドブックに書いてあった。
乗る列車の番号が出た時そのホームは「19番」と出た。
ところが待っていた場所のホームは「A」から「N」までの14本だった。
ん? 数字のホームなんてどこにあるのだ? あわてて探した。
見つけた矢印に従ってエスカレーターで地下へ降りた。
ところが地下は店ばっかり。列車のホームなんて無い。
仕方なく再びエスカレーターで上へ上がった。
ここで、フランスの矢印の案内が日本と違うことに気がついた。
日本では上向きの矢印は「真直ぐ進む」で下向きの矢印は「下へ行く」だ。
ところが、フランスでは下向きの矢印が「真直ぐ進む」のだ。
しばらく歩き回ってやっと数字のホームの案内を見つけた。
探し当てた19番ホームから列車に乗ることができた。
もし、次の駅もこんな複雑な駅だったら切符も無い私にはお手上げだ。

いつもパソコンは棚に上げず手元で持っていた。
飛行機の中でも荷物棚には入れず足元に置いていた。
3時間の列車の旅をくつろいで過ごそうと棚に上げたのが間違いだった。
車内販売がなく昼食は買って入るのが良いとガイドブックに書いてあり、
買ったサンドイッチとジュースと夫の上着も置いていたし大丈夫だろうと。
しかし、しかし、
上着はしわになるからと途中で気がついて席の側の洋服掛けに掛けて、
お弁当はお昼に食べてしまって、棚にはパソコンだけが残っていた。
いつもは二人でしっかりと忘れ物がないか調べるのに、
この時は私は降りてから二階席の写真を撮ることに気を奪われ、
夫は迎えに来てくれている知人を探すことに心を奪われ、
忘れ物がないか調べることをすっかり忘れていた。

ともかくも、間に合ってパソコンを持って夫の所に戻った時、
息を切らせながら興奮しながら私が言ったことは、
「よく思い出した! よく思い出したでしょ!」。
夫は、メールでやり取りする日本での大事な仕事を抱えていたので、
「パソコンを失くしていたらどうにもならなかったよ」とホッ。
「だから、よく思い出したでしょ!! よく思い出した!!」と何度も私。

パソコンを忘れて降りたことは棚に上げて思い出したことを威張った私。
パソコンも棚に上げていたんだけど…。


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