三陸海岸から中尊寺へ



4日目は、岩手県三陸海岸を堪能した。
先ずは、断崖絶壁が続く海岸の「北山崎」。
長い年月をかけて地盤が海底から隆起してできた海岸。
遠くは霞んでいて、近づけてもぼんやりした写真だ。

1枚目の写真の左端の岩は、ミサゴの営巣地であるとか。


バスで移動している時には、あちこちで工事中の様子が見られた。
この看板でも、「防潮堤工事中」「災害復旧工事」の文字が読み取れた。


三陸鉄道北リアス線に乗るために普代駅へ向かう途中に見た普代水門。
東日本大震災による津波で三陸沿岸では壊滅的な被害を受けたが、
岩手県普代村では死者ゼロ、行方不明者1人にとどまったそうだ。
それは、高過ぎると猛反対を受けながらも村長が造った防潮堤と水門。
過去の大震災・大津波で多数の被害者を出した苦い経験から、
当時の村長が「15メートル以上」を譲らなかったからだそうだ。


NHK朝の連続テレビ小説『あまちゃん』で有名になった「三陸鉄道北リアス線」。
東日本大震災で全線が不通となっていたが、今年2014年4月ついに全線復旧。
その三陸鉄道北リアス線に普代駅から久慈駅までの約40分間、体験乗車をした。
普代駅に入ってきたところを、一番前で待ち構えて写真を撮ることができた。


列車の窓からは太平洋が眼下に広がる三陸海岸の風景を楽しんだ。


久慈駅で降りて歩いていた二階通路から車両全体を撮れた。


さぁ、お待ちかね、ドラマでも有名になったうに丼です。
ただし、列車は大勢の観光客で、座れなかった人も多く、
席で食べることは無理との判断でバスに乗ってから味わった。


うに丼が出たところで、食べ物の話題を続けましょう。
『あまちゃん』で同じく有名になった「まめぶ汁」。

写真右の「ぶすのこぶ」にはドキッとしますよね。
でも、「美人」の反対の「ぶす」とは違うんです。
「ぶす」とは「ブシ(アイヌの一族)」のことで、
「こぶ」とは「くぼ地」のことだそうです。
長くなるので名前の由来に興味のある方は検索を。


「浄土ヶ浜」
「さながら極楽浄土のごとし」と言われた三陸を代表する景勝地。
奇岩を目の前に空と海の青と松の緑と岩肌の白のコントラストが見事。


人間の団体さんが去った後にはカモメの団体さんが見物に来ていた。


これらの写真を撮るために立っているすぐ後ろ側が海だ。
「津波避難路」の後ろに見えているのが「浄土ヶ浜レストハウス」。
竣工後わずか1年経った時に東日本大震災で被災して、
その後1年以上経って再建され、営業再開したそうだ。
建物の側面の壁面に「津波浸水ライン(6.50m)」が示されている。
(写真右の屋根の下の青い線。あんな高い所まで津波の水が来たのだ)

4日目は雫石で泊まった。
この日のバス走行距離約330km。

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中尊寺・金色堂。
今回の旅行最後の5日目は、平泉の中尊寺へ行った。
見えている建物は金色堂覆堂で、金色堂を保護している。
覆堂の中の金色堂は写真撮影禁止で、写真がないのが残念。
金色堂は、堂全体を金箔で覆い、極楽浄土を現世に表している。


中尊寺・本堂。


最後のページの最後は、「タコの足」ではなくタコそのもの。

5日目のバス走行距離約130km。


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